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どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

とある金曜日の光景

 5月16日 金曜日

 何をやるでもなく疲れているので、だらだらと過ごす。日記作成。写真の整理など。昼、母親に頼まれ車の運転。運転の最中に、いまから買い物にいくので、一時間待てとほざいた。キレそうになる。夜、親から回転寿司に行くから運転しろとの連絡。食事はスーパーの200円のうどんで良いと思っていたが、まあそれもありかと思い、車を運転。車で20分かかる場所へ行き、さらに平均30分待つという。いやいやいやいやいや、回転寿司なんざ待ってくうようなもんじゃないじゃん…。

セカイからもっと近くに (現実から切り離された文学の諸問題) (キー・ライブラリー)
 

 普段一人暮らしなので、こういうところで、親との生活は疲れるなと思った。セブンで珈琲を買い、帰宅。で、その後、すぐに、父親が、祖父母から電話があった。今から行くから来い、とのこと。齢九十を超える祖父が痛みやら何やらに耐えかねて、もう死ぬ、家族を呼べと喚いているらしい。で、行った。

 僕としては、宗教やら信仰を十代以来、身近なものとしてそばに置いてきていたので、祖父の死への恐怖や諦念、悲しみということに驚いた。もちろん、年齢を経なければ分からないことの方が多いことくらいは分かる年齢になったつもりなので、仮に、今から約60年、僕が生きていたとして、祖父のように喚かないとは限らない。

 息をするのがつらくて黙る祖父と、耳が遠くて、ひたすら思いついたことをしゃべる祖母。握れと言われたので、祖父の手を握っていたが、そろそろ態勢のせいで背中が痛い。そういやネクサスの電源切ったほうがいいのかな、これ、いつ終わるんだろうか、とか考えていた。

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 一つ大きく思ったことは、ここが家族であるということだった。たとえばだが、僕が仮に病気になった場合、たとえば去年のクリスマス前後、自分の携帯番号を正確にかけない程度に意識朦朧としたことがあったが、その時、僕は誰にも電話しなかった。誰を呼ぼうとも思わなかった。救急車を呼ぶには金がかかってはいけないし、迷惑になるし、とにかく病院へ行くしかないと思った。

 思えば、こうやって孤独死とかが起きるのか。しかし、色々と考えさせられる一日となった。祖父との別れ際、あぁ、こうやって会うのが、最後になることがあるんだなと思って、できるだけ大きな声で、ありがとう、また来るわ、と僕は言った。