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どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

少々の感謝を

ブログ読者の皆さんに少々の感謝を申し述べたい。記憶にある限りでは、去年の11月あたりから、別所でやっていたブログと並行して、こちらを開始したように思う。留学していた頃も二年ほど、はてなダイアリーを使っていたので、もしかすると気付かずに同じ読者があるかもしれない。そう思うと少し嬉しい。

 さて、読者の皆さんへ。

 いつも有難うございます。特に、本文選択で☆をくださる皆さんは、読んでくださったことが伝わってきて励みになっています。またコメントはなくても☆をくださったり、見てくださっている皆さんも有難うございます。

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 個人的に、はてなブログのtopで話題になることなどに興味がないので、互換性の低い記事ばかりかもしれませんが、ぼちぼちと見てくださると幸いです。建設的でないことを言っても仕方ないんですが、いわゆるブログでは、議論は出来ないというのが僕の考えです。議論というのは、本来的には学問的・科学的・実証的・政治的手続きであるので、ブログという形式で出来るのは、せいぜい耳学問、または、床屋での政治談議程度になるだろうと思っています。ですから、ここでは、ややこしいことを言わず、にっきをただ書くという歓びを得ています。

 僕にとって読者の皆さんは、そういう意味では、例えば、僕が何か店を開いていて、毎日、店の前を通るあの人、または同じ駅で隣の車両に並んでいる誰か、バス停でよく見かける人たちとか、そんな距離感です。互いの名前も経歴も知らない。違いがあるとすれば、はてなというプラットフォームでは、それぞれが通り過ぎるだけではなくて、少しずつことばを置いていくことですかね。

 ことばとは何か、というのをソシュールとかリクールを引っ張ってくるとややこしくなるし、要するに病的な話にしかならないので、もっともシンプルにいうと、言葉というのは、やはり、各人の内なる人なのだと思う。または、その人が見た一瞬が切り取られる写真もまた、その人が見た内なる景色だ。そういう無数の欠片が流れる河とか、そんなイメージ。クラムボンみたいな。

ということで、読者の皆さん、いつもありがとう。