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どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:カレー、マリみて、毒男

10月25日 土曜日

 色々と為すべきことはあったはずだが、何もせずに一日終わる。一日ぼんやりと過ごしてしまった。昼、寝起きのまま身支度だけ整えて、博士と学生と近所のカレー屋にいった。値段も高くないし、美味しい。でも、やたらと量があるので、夜遅くまでずっと胃にもたれていた。

 割にどうでも良い話だが、僕が一番好きなアニメは「マリア様がみてる」だ。語れば軽く数時間くらい行けそうな話題であるが、久しぶりに、漫画版を読んでみた。個人的に長沢智さんの絵柄は話に合っていると思う。やっぱり僕は三薔薇様がいたときが好きだなぁ。また小説を読もうかしら。

マリア様がみてる 1 (集英社文庫―コミック版) (集英社文庫 な 50-1)

マリア様がみてる 1 (集英社文庫―コミック版) (集英社文庫 な 50-1)

 

 夜、非モテ独身中年とアニメについて少しく知人たちと話す。まじどうでもいい話だけれど、アニメというのはOP/ED含んで23分であり、本編は実質20分である。で、一期13話なので、ざっくり言って260分=四時間半弱であり、その中で、登場人物たちは出会い、巻き込まれ、仲間になり衝突し、和解し、場合によっては世界を救う。で、そういう超速展開になれてしまうと、アニメばかり見ている非モテ独身中年は、リアルな女性と話せなくなるんじゃないか、という話である。

 またアニメに出てくる女性は完全に記号であって、たとえば、僕のようなクズになるとキャラの髪色と髪型で性格が分かるし、声優によって、だいたいの役付けも見えてきたりする。さらに、アニメにおけるヒロインたちの主人公への無条件の関心というものは、要するに母親の象徴なのだ。現実に、無条件に自分に関心を寄せてくれる女性など存在しないし、存在したとしても、それが母親では物語にもなにもならない。だから、幼馴染、隣の席の女子、委員長に母性愛は形を変えてアニメに登場してくる。で、この母親的目線という徹底的な受動でしか消費されない虚構の女性性になれてしまうと、現実においては、女性と関わりを持てなくなっていく。


100年前のロシアで撮られたカラー写真 « WIRED.jp

 余談ではあるが、そういう意味で、アニメ好き男性がよく犯罪者扱いされるけれども、アニメが好きであればあるほど、通常、現実との区別と境界線が明確になるので、実際のところ犯罪に手を染めるというのは難しくなっていくように思う。

 ということで、アニメ好き独身中年が、マザコンではないにせよ、しかし母親的な虚構性のみを受動的に消費するがゆえに、結局、現実の女性と関わらないことになっていくという話をした。もちろん、いわゆる心理学的な意味での自画像の低さ、自信のなさは言うまでもないことだ。以下の記事は当たらずとも遠からず。もっともアニメで人生論を語るやつはそんなにいないと思う。もっと娯楽として楽しんでると思うけどなぁ。


35歳が分岐点[人生をこじらせた男たち] | 日刊SPA!

 ということで、良い休みにはなった。

高知の友人が単身赴任より戻っていると聞いたので、会えたらいいな。