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どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:授業日、休憩、七夕の友人

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7月7日 火曜日

 午前中、起きたけど眠すぎるので一つクラスはパス。年齢なのか睡眠不足だと吐き気がする。午後、朦朧としながらも古典語クラス出席。なんというか品詞が概念で見えてきた。単に読むだけのための能力ではなくて、その言語の歴史も含めた全体がみえてくる感じ。良い。

 帰り道、エレベーターで教授と一緒になり、いまのところ語学が一番楽しいといったら、望外に喜んでくださり、お茶でも!と話になった。お茶とはいえ、近所の王将でビールである。お茶=ビール、楽しい時間。こちらの先生より聖なるエゴイズムという語をきいた。全くその通りだと思う。楽しく一通り話して帰宅。

 「君は、ほら自由だからね、場所用意してくれたら話すよ」と仰ってくださった。望外の申し出を大変光栄に思った。確かに、いわゆる受験エリートでまっすぐに来た将来を嘱望された学生さんたちとは違う。四捨五入40歳で入学の僕なんぞキャリアパスなど考えるだけ無意味な状態なわけで、正直、いつ辞めてもいいと思うくらいだ。ただ、ちょっとした奇跡が起きて、この流れに乗ったので、流れるまま、流される努力はするつもりである。思っていなかった時間を得て、疲れたが嬉しかった。帰宅後、編集よりデザイン組み後の原稿が来ていた。再び推敲し、聖なるエゴイズムという語を入れておいた。

 休憩後、今度は先斗町へ。黒船よろしく書店と出版を潰しにかかっている某メリケン通販最大手の友人と鳥貴族へ。彼とは誕生日が同じで、どうしようもない学生時代の終わり、彼の仕事の始まりの頃、うだうだとよく会って話していた。あの頃、彼は結婚を願っていて、僕は大学院へ行きたかった。いま、あれから10年ほど経て、それぞれが20代に語ったコトバの向こう側にいる。彼は三児の父となり、僕は二度目の大学院に入った。

 四条に向かってながれる観光客の群れを逆行して路地を歩く。湿った石路地の灰緑色に京都の紅がぼんやりと揺れて、遠い記憶を流していく。珍しく夜に観光地に来たので写真を撮ろうと思ったらカメラにSDが入っていなかった。そう、撮影などできないのだ。ただ流れていく。

 駅の改札に消えた友人の背中をみて、目をやると七夕飾りが飾ってあった。願い、願い、願い。そういや七夕だったか、温い夜風が夏の始まりを告げていた。