読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:翻訳、ジオラマ、北新地の帰り道

諸探訪 京都 宗教・歴史 御屋敷おかえり日記

f:id:timelost:20151009044740j:plain

10月9日 金曜日 曇り

 昼から今期楽しみな授業。約100年前の硯学ハルナックの問いかけをシリア宗教から再考する講義に出席。古代を学ぶというのは、問答無用の楽しさがあっていい。本物の、一流の研究者が示してくれる世界の広がりは楽しい。翻訳という行為がもつ解釈学的生成の歴史と問題である。

 授業後、久しぶりに親戚ちゃんと挨拶を交わした。出口で、その他のJDS(女子大生)と一緒になったからである。さらりと挨拶し、原付で大学最寄駅へ。24時間出庫可で300円程度ならば、京都市内では最強の乗り物を使う必要経費としては十分である。

 電車の中で出版社より短文紹介を紙面に書く条件でもらった教科書を読みつつ、古今東西の宗教に思いを巡らせながら大阪へ。授業の内容と相まって楽しく読める。

f:id:timelost:20151009050252j:plain

f:id:timelost:20151009040852j:plain

 夕方4時過ぎ、贔屓の御屋敷へ向かった。今朝まで知らなかったが、今日はイベントの日だったらしい。それもあり授業後、急いできた。イベントは、メイドカフェ店内にジオラマ・フィギュアを展示するというもの。座れば、眼前に広がる無数の小宇宙。

 本来ならば隣り合うことのない世界が御屋敷の花を背負い、岩戸島決戦のゴジラたちがBL的にまたは吉屋信子的に語らうこの街は、現代の電子的ソドムか新しいエルサレムか何のなのか。象徴と形に込められたセカイが、別背景を背負うとき、そこに新たな理解と解釈という翻訳三千世界が生まれる。まさに魔術と科学が交錯するとき、である。CS ルイスが云うように事実は複雑だ。

f:id:timelost:20151009045944j:plain

f:id:timelost:20151009044931j:plain

 数年ぶりに偶然居合わせた某ゲーム会社の社長さんに挨拶できたので良かった。またジオラマの中に本能寺の変を再現したものがあり、そこには信長の黒人麾下 弥助もいた。支倉常長にも似た数百年前に海と陸を越えた男の数奇な人生が思い出されるようで、しばらく見つめてしまった。夕方5時過ぎ、昼食なしだったのでケーキセットを食べて、外へ出、定期巡回。

 夕食はメディアより僕の専門分野に関することで召喚されていたので北新地へ。予約のみ一万円?くらいからの店らしい。場違い感ハンパネェ…。もっとも僕はおまけというか、メインではないので、美味しいご飯食えたらいいなと思って来たのが、確かにご飯は旨かった。分厚い刺身に手の込んだお通しなど、今後、僕が食べそうにないものを食べた。

 話し合いそのものは善悪は別にして大企業で縛られて生きる人々の感性というか、そういうものを始めて知った。帰り道、終電で人身事故発生。15分程度の遅れだったが、誰かが亡くなったらしい。金曜の夜、近所には小中学校があるような暗い住宅街の踏み切りで、どんな気持ちだったのだろう。主よ、憐れみたまえ。

f:id:timelost:20151009102500j:plain