どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:金曜日、近代って、ジュディマリ

10月16日 金曜日 晴れ

 午前中、ゆっくりと過ごしブログ巡回。ブラウザゲーのクッキークリッカーの更新が続いていると聞いて驚く。凄いな…、誰か連絡すればいいのに。白ネギとキャベツでお好み焼き一人分を作って食べ、午後一の授業へ。この学校に来て良かったと思える授業を聞けた。楽しい。

 帰宅後、なぜかアフリカ音楽を聞きたくなったので、適当に検索して聞きながら夜まで休憩。晩飯を食いながら、授業の予習。論文読んだ。食後、復習として近代についてメモ作成。以下、当該論文が指摘した三点を簡略に置いおく。

 まず第一に問わなくてはならないのは、いつから近代なのか問題である。伝統的区分でいえば、古代、中世、近代であり、宗教改革を近代の夜明けと位置づけるのが一般的である。しかし、E.トレルチは、より丁寧に啓蒙主義以前以後で区分できるとした。つまり、シュライアマハー以前以後で新古プロテスタントの区分が可能だという説である。それを継承して、ティリッヒは、近代という時代の数学的自然科学、技術、経済の三重の活動性を担う市民社会を指摘し、革命の17-18世紀、勝利の19世紀、崩壊と変容の20世紀を経験した。人類の右肩上がりという夢は、第一次世界大戦でもって敢えなく沈む中、近代世界の崩壊を実感したのが、ティリッヒの世代である。

ルネサンスと宗教改革 (岩波文庫)

ルネサンスと宗教改革 (岩波文庫)

 

  パネンベルグによれば、宗教改革以後、約100年の狂騒が30年戦争の欧州荒廃をもたらした結果、社会の統一的基礎は多元化した宗教ではなくなった。従って、宗教寛容論、政教分離の登場となり、宗教は公的領域から私的内的問題となる。社会の統合原理が「宗教と教会」から「人間と国家」へと移行し、知の中心は神学から哲学へと変わって世俗化へと進むことになる。つまり、近代とは、これら一連の諸システムの動的連関の過程であり、そのネットワークといえる。

 またT.ウォーカーによれば「1444 年 8 月 8 日、ポルトガルによってアフリカから 235 人の商品化された人間の売買が積み荷として船積みされた」とき、つまり「大西洋を横断した近代奴隷制の成立こそが近代のメルクマール」である。なぜなら「人間と土地を商品化する制度は、近代的な人間関係の理解にとって本質的」だからだ。

 第二に、近代とは、そのままイコール、グローバル化・多元化を意味する。即ち、ある地域が近代化を完成しつつあるとき、他の地域がポスト近代になる多様性を持つのだ。教育、政治、経済、このあたりが、どの時代どの程度近代化されているか、ということには濃淡が発生するということである。そして、この多元性とグローバル化の現実には対立軸として、一元的世界観なローカルが存在する。

 たとえば、琉球王国の人間という歴史的・自然的な自覚と同時に、日本人であるという二重性を人々は様々に感じた。これは宗教においても同じである。古代的な超自然の世界観で生きつつ、科学技術によって支えられて生活している。この辺り、社会学などでいうネーションの二重性の話であるが、これらは、いわゆる神学における天上の普遍的教会と地上の地域教会、または絶対王政における王の二つの身体(自然的/政治的)であり、即ち、キリストの二性(神性/人性)である。まあ欧州のかたちですな。

 んで、第三に、近代とは制度化された再帰性である。以前にも書いた気もするが、大学・学会・出版・書店が、自己言及を繰り返しながら、間断ない懐疑と更新によって全体知の刷新を目指すわけである。そういう意味で、近代人は良き読者であることが求められるわけだが、自分を顧みる限り、ほとんど古代人だなという感想しか出てこない…(´・ω・`)

 余談であるが、再帰動詞というものがある。これは、要するに、動詞の主語と目的語が同じということである。ギリシア語とかでいう中態のこと。例えば、私は食べる(能動態)、私は食べさせられる(受動態)、私は自分で食べる/自分を食べさせる(中態)みたいな。さらに余談をいえば、第二バチカン公会議はカトリックの近代化であった。

 以上、ヤスパースの基軸/枢軸時代説ではないが、こういう時代区分というのはおもしろい。当然、研究者の視点によって区分は変わる。しかし、それこそが歴史(=調査されたもの)の醍醐味であろう。

 で、結局、近代は終わったのか続いてるのか問題があるわけだが、これは難しい。答えは二つ。一つは、ポストモダンという時代も、要するに近代の内包する懐疑性であるならば近代の継続である。別の一つは、やはり、18~20世紀半ばまでを規定していた近代は、その特徴と前提が崩壊変容していく中で、終わったという理解である。

 このあたり、フィオーレ・ヨアキムの歴史哲学あたりとの厳密に見比べてみたいが、実力も金も時間も足りない。

 夜、なぜかジュディマリを聞きたくなったので、久しぶりにググって聞いた。懐かしい。中高生くらいだったか、彼らの音楽をよく買った覚えがある。特に、活動の後半に出てきたクラシックという歌がなぜか好きだった。久しぶりだったのでwikiを読んだが、ボーカルにとっての初バンドだったそうで、あれだけ売れたならば、これぞ本物のサクセスストーリーである。こういうことってあるんだなぁ。