Finding God in Unexpected Places
- 作者: Philip Yancey
- 出版社/メーカー: Hodder & Stoughton
- 発売日: 2005/07/01
- メディア: ペーパーバック
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1月14日 木曜日 晴れ
高校生の書いた詩を読んだ。理由は、ある村の老人たちの村おこしとまではいかない試みを手伝ったことで、お米と海苔佃煮、お茶、湧水を頂戴したからだ。昨晩クロネコを確認していたので、届くのは今夕か明朝だろうと思っていたら午前中に届いた。日本の物流パネエ。viva la vida! 起きぬけに地元の人のみが知る滾々と溢れる湧水で淹れた珈琲とはなんとも贅沢ではないか。とまあ、そういうことで、昔読んだ詩を思い出したという話。以下に引用する。ちなみに逸名作家である。
「朝一杯の紅茶が飲めなくて何が人生だ」
目がさめた 外は少しずつ色を取り戻している
背伸びをして台所に向かう
ヤカンを火にかけ怒るのを待つ
昨夜の君の話を思い出した
まだ寝ぼけた頭が少しはっきりする
ため息をついてリーフを手にする
ヤカンが独り言を言って怒り始めた
慌てて火を止めてポットに湯をそそぐ
香りが広がっていく
部屋に戻ってベッドの上で朝日をみよう
散らばった薄い雲の向こうに
これまた寝ぼけた誰かがいた
カップに紅茶をそそぐ
カップの底で小さな茶葉がさゆらぐ
口の中にえもいわれぬ世界が広がっていく
もう一度 君の話を思い出した
少しさめた紅茶を口にはこんだ
早起きは三文の得
どうだろう よくわかんないな
そのとき朝日が微笑った
朝一杯の紅茶が飲めなくて何が人生だ
僕は大きく背伸びして
もう一度紅茶を口にはこんだ
PCを開くと10日に亡くなったデビットボーイの話題が流れてきた。名前しか知らない音楽家だが、自分の死期を悟り最後のアルバムではファンに別れを告げたという。MVをみたけれど、包帯巻いたラザロか、新約聖書のあの人のことなんだろう。歌詞も見たけれど、なんとも良い感じだなぁ。アーティストってかっこいいんだな。requiescat in pace、アダムの息子よ。
デヴィッド・ボウイ、最期の曲「Lazarus」は別れのメッセージ
そういえば昨晩、チェスタトン「正統とは何か」邦訳を二章まで再読。十数年前に読むには読んだが、片言隻句おもしろいけど、よく分からなかった。が、いま読むと理解できる。繰り広げられる円環ではなく宇宙に広がる巨大な十字架のイメージは、彼のいう人間の神秘そのものと直結していて、それは現代の神話論、またはカッシーラーのいう象徴機能そのものじゃないか、とか。素晴らしい。
午後、勉強しようと思ったがゆっくり過ごした。明日は主題とアウトラインを考えて土日で一気に書き上げよう。夜、アニメみた。