どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:浄土宗、猫の闘い、ヒック

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3月23日 水曜日 晴れ

 昨晩、夕食をたべながら、おそ松さんを見た。とことんブっ込んでくる感じがかなり良い。腐ども目線での云々は知らないが、端的に勢いと見境がなくて良いと思う。楽しい。就寝前に、久しぶりにナショジオHPを読んだが、おもしろい。デニソワ人、気になりながら就寝。

 朝、起きて再び一時間徒歩。ラガーマンいわく「油抜きには、とにかく一時間動き回ることからですよ」と言われたので実践である。歩き始めて20分くらいは、まだ身体も固く目も覚めない感じであるが、ちょうど、その程度で鴨川沿道につくので、あとは川沿いを歩きながら読書して回って帰ればよいので、天気さえよければ続きそうだ。今日は気分の問題だが、なんとなく浄土真宗についての本を読んだ。実際問題、真宗は中身がほとんどキリスト教なわけだが、仏教の中での彼らの立ち位置、またその特異性などについて知りたい気もする。すなわち、多様な仏陀?的伝統の中における彼らの普遍性とローカリティ。これが明快でないと、たとえばキリスト教との比較をしても意味ないんじゃないかと思った。が、親鸞とルターの比較研究などはかなりの量あるので、僕が知らないだけで、たぶん、それらのことは明快になっているのだろう。気になるのは、なぜ浄土系仏教が日本で最大宗派なのか、ってところだろうか。

 帰りしな朝食にドーナツを買った。ミスドうまい。帰宅後、いつも朝の珈琲のみながら見ているニコ生にコメントして気付いた。昭和ギャグである「およびでない?およびでない?こりゃまた失礼ー」「ガチョーン」「ズコー」などが、おそ松さんによって更新され継承され復活したのだ。もちろん、どの程度の腐人口が原典に遡及したのかは分からない。しかし、ある種のad fontesであったことは否めない。考えてみれば、解釈というのはハイデガーの予構造における(ry......ということで、歴史というものが、いかにして形成され意味の地平融合が起き、伝統が形成されるのか、ということを目撃したなと思った。

 昼食は、今朝買ったカレーうどんのカップラーメン。このことばの並び、理解できるけど、割と意味不明だな。白ネギを刻んでお湯を入れて食べた。おいしい。午後、ゆっくり読書やら何やらをして過ごした。途中、郵便物を確認しに外に出た瞬間、猫たちの戦い?両者が相対し睨み合っている場面に遭遇した。普段なら、彼らも僕のほうをびくっと見るのだが、今回は、あほな人間などはどうでもよかったらしい。喧嘩なのか発情期なのか、そのあたり謎である。しかし、ここ最近の近所の猫たちの鳴き声はうるさい。この一週間くらいで誰も彼もが鳴いている。春だからか。

 夕食後、院生氏が帰ってきたので、宗教多元主義を提唱したジョン・ヒックのウィトゲンシュタイン理解について質問したら「多元主義ねぇ、ジョン・ヒック…、ひっく、ひっく...デュフデュフ」と呟いたので爆笑してしまった。学会発表を前についにおかしくなったか。 

 院生氏によると4月からのシラバスが学内システムでは公表されてるとのこと。予定を組みたいので、分かると有難い。寝る前、銀魂を見た。真選組回、ついに次週で完結である。あと、このすばをタラタラ見ているが、頭を使わないアニメでよい。