読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:雨、書類提出、ガンダム楽しい

アニメ・漫画

5月9日 月曜日 雨

 午前中、事務から連絡のきていた書類を提出。雨の中、100円均一で買ったボロボロの青いポンチョをかぶって原付に乗った。ないよりは遥かにマシである。新しいのを買って原付の座席下に常備したい。帰宅後、近所のスーパーで久しぶりにチキンカツを買って丼をつくって高知くんと食べた。食べてると電話がなり、忘れていた上司との打ち合わせ。年内に出す記事やら特集やらの話をして終了。秋頃までに一つ長いのを書いてくれとのこと。ううむ、何を書いたものか。

 食後、他の申請書の提出がメールで良いと知り、とりあえず提出。予想以上に早く終わったので、一日溜めているアニメを消化。高知くんもいたので、彼とGATE炎龍篇。あと鉄血のオルフェンズを紹介した。今日は1-3話をみが、人間、繰り返しって重要だ。たとえば、哲学の用語などについても「客観性」「弁証法」など、かなり面倒な話ことばだが、入門書を三回もよむと、あぁ、そうだよなとなんとなくわかってくる。論文でも同じで、分からない論理展開も何度か追えば、筋が見えてくる。

 すなわち繰り返し学習すると言うことこそが、学びの基礎概念というか土台なわけである。改めて考えてみると、それを社会全体の集合知として行ったのが近代的学問なんだろう。学会、大学、出版、教育という四点において、構成員全体を字になじませて「学ぶ」ことができるようにした。つまり、その言語圏の物理的・時間的範囲の中で社会そのものが「自己を自己として対象化する」人間の構造を、社会全体に受肉させた(厄災戦時ガンダム・フレームの阿頼耶識システム)ということである(適当

 つまり、近代的知の在り様とは言語圏によって、やんわりと区切られた範囲の中で、またはその範囲を重複しつつ、堆積した知に自己再帰性という機動性能を与えることだった。しかしながら、その機動性が臨界点をこえてしまい、ネット社会になると、再帰性だけが抽出されて、その再帰性自身が生産を行うようになる。つまり、バグとして「生きる虚像」の生成が始まる。まあ何でもいいんだけど...(・∀・)言いたいことは要するに、オルフェンズ二周目で楽しいということである。ファーストも含め、ぼちぼち全部みていきたい。なおサンダーボルトの最新回はまだ見れていない。

 夕食は、昼の残りを使って卵丼的。うまい。Re:ゼロ、影鰐、ガンダムUCをみた。ガンダムUCのクオリティが素晴らしい。あと今度の研究会の開催場所が大阪であることについて「東京でやって~」とかバカなことを抜かす無関係クルクルパーの書き込みをみて、かなり腹立った。自分でやれ。東京で一人でやってろ(^ω^#)