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どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:日曜日、肉、不自然な接客

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6月5日 日曜日 曇りのち晴れ

 朝、教会へ。典礼歌203以降は最強コンボである。午後、ゆっくりと過ごした。夕方に晩飯がてら徒歩に。適当にググって肉を食べようと思ったのだが、まさか、それが仇となろうとは…。

 大学近辺には奇妙なものが付きものである。京都の場合は全域が先の大戦で焼けなかったばかりに大正以前の町の名残、戦前昭和の人間関係がそのまま保存されている。それは都市としての聖痕、より正確にいえば「呪い」が焼け尽きることなく残っているようなものだ。たとえば19世紀末から続く居酒屋があれば、客に「経営者側になって考えろ!」とキレて、注文後、料理を待つ間に携帯を触っていたら「遊んどったら放り出すぞ!」と悪態をつく中華飯店がある。

 主要幹線道路、すなわち「大路」が近代化され整備されても、もともと「通り」であった顔が、ふとした瞬間に現れる。洗練されたモダンなという印象の欠片もない。一時期はモダンで洗練されていたのかもしれないが、それが時を経過ぎて魔物となっているような、そういう醸成を都市の基底構造に持つのが、京都である。それは京都以外の古い町、エルサレム、アレキサンドリア、ローマ、洛陽などもそうだろう。

  話が逸れた。

 大学近くに学生にはよく知られた店がある。創作居酒屋で肉が有名であり、アットホームさを売りにしている。肉を食べたいと思い検索して同居人と訪れたのだが、入店後、驚いた。

 接客がおかしい。慇懃無礼でも横暴でもない。ローソンのやる気のない金髪兄ちゃんのようにダルそうなわけではなく、むしろ溌溂としているともいえる。ただ、その元気の良さが、ひたすらに「不自然」なのだ。ポイントカードを作成できるらしいが、その受け渡しをみていると引いてしまう。ひたすらに不自然なテンションの高さで接客している。単にウェイ系の店であるというわけではない。店員は誰も髪を染めていないし、見た目は一般に好印象であろう。

 ただ「不自然」なのだ。これは言語化できない。あえて例えれば、ドラマ「世にも奇妙な物語」の撮影シーンを目の前で突然見せられる驚きと違和感。カウンターを挟み、店の中心となるキッチン結界の中で、ひたすらに大声で続く。このテンションを保つのには、何かしらの人格の強制が必要なのではないか。接客のため、客への気遣いのためが目的なのだろうが、隣の客が「御愛想」と二回言っても店員には気づかれなかった。本末転倒だと思う。

 おそらくだが、僕の中でもっともしっくりくるイメージは、一般の人々が考える「宗教」のヤバさのイメージ。本人たちは善意であるが、そこに躊躇がない感じ。躊躇があったとしても、それを掻き消してしまうシステムの問題。メイドカフェだって同じではないか、という意見もあろうが、メイドカフェはコンセプト・カフェであるので、ちょっと違うように思う。喫茶店であると同時に、そのコンセプトこそが客の期待なのだ。

 結果、同居人と僕がたどり着いた結論は、そういうコンセプト居酒屋であることを知らずにいった僕らが悪いのだ、ということになった。ラーメン屋でも焼鳥屋でも、または王将の研修でも謎ポエムはつきものだが、そういうのとは違う種類の恐ろしさを感じた。おそらく味は濃いめであるが決して悪くない。ネットでも概ね好評である。しかし、あの接客はやばいと思う。僕の最初の印象は「全体主義国家の実現、北朝鮮」だった。

 なお同居人は帰りしなの徒歩20分「アレはやばいっすよ…w」とずっと笑っていた。普段いくスーパーに立ち寄って、やっと日常が戻ってきた。