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どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:脱自的タブレット、ラムネわらび餅食べたい、アールグレイ

宗教・歴史

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6月10日 金曜日 晴れ、暑い、30度超

 本日のシュメール語クラスは、メソポタミアの神々について。オクスフォードが公開している翻字版シュメル語文学「イナンナの冥界くだり」を片手に、要約を聴く。
The Electronic Text Corpus of Sumerian Literature (ETCSL) シュメールでも日本でも、ギリシアでも神々は人間に食べ物を用意され、旅に付き添われ、身繕いをしてもらわねばならない。冥界のものを飲食すると帰れないのは、シュメールも日本もギリシアも同じらしい。興味深い。古代のタブレット(粘土板)を考えながら、現代のタブレットを触る自分を思うと、人間のやることは6,000年前から大差ないのかもしれない。粘土や壁や石に「ことばと絵」を刻む、「記号と象徴」揺蕩う電子海に指を突っ込む。操作の身体感覚としての差は、たぶん50世代くらい暗闇で飼育されたハエと普通のハエ程度には違うのだろう。交配は可能らしい。でも、交配の予定はいまのところない(遠い目)

 授業後、ギルガメシュの翻訳はどれを読めば良いかと聞いたら「群を抜いて、断然、月本先生のもの」と教授はいう。古代オリエント学関連では名高い月本昭男先生、一度だけ学会で見かけたことがある気がする。そのときは緊張して別の先生の研究内容と混濁して間違って話しかけてしまった。

 なぜ月本訳が良いのかといえば、シュメル語文学の大家のなんちゃらに勝るとも劣らない品質を保っているからだそうだ。すなわち、この分野においての第一人者クラスということである。他にも多く文庫本での翻訳などがあるが、これらは重訳からの重訳の可能性もあるんだとか。なんと...(・∀・;)

 ということで、帰り道、3番目の図書館で借りてきた。買うと8,000円もするし、欲しいけど、ちょっと払えない。なので、読んで良かったら買う。岩波だから応援したいけど。

 帰りがけ、研究室の先輩であるキルケゴール研究者を見かけた。俗説「信仰は跳躍である=宗教を信じることは理性の蒸発した人間のすることだ」というものがあるが、そもそも、その元ネタである「信仰を跳躍として考える」ということについて詳しく知らない。なので、先輩に質問した。

「あぁ、いま、ちょうどそのことを研究していて…」赫々云々(かくかくしかじか)

 先輩によれば出所は、アリストテレス「他の類への移送≒論理的な飛躍」を援用した編集者・哲学者であったレッシングであり、キルケゴールは彼を解釈したとのこと。レッシングによれば、永遠の真理の前にある無限の水たまりを前にして、歴史的真理(例えばキリストの弟子たちの証言)だけをもとに、自己にとって重大な決断を行うことができるのか、いや、できないだろう、となる。しかしキルケゴールは、論理的飛躍として信仰を語るよりも、運動的イメージ「跳躍」として、信仰を語るほうがよいと考えた。すなわち、「神/超越/無限/永遠」という突き付けられた問いに対しては、主体的に動くことでしか、それは理解できない。説明も体験もできないようなものとしての「跳躍」、それを信仰と解した。(大意)

 パウル・ティリッヒ『信仰の本質と動態』における「信仰とは脱自的な理性」を理解するためには、この「跳躍」の意味を最低限確かめたかったわけだが、難しいものである。ややこしい話になるが「ecstatic=脱自的である」ということが、「脱自的=外化」であるならば、分かりやすい。すなわち、人間の理性の機能は、容易にそれを可能ならしめる。コップがある、コップを見ている私、コップを見ている私を理解している自己、その自己を理解している自己、という人間精神の再帰性という話になろう。この理性的機能を全時空に適応した上で、その中にある自己を理解するというとき、確かに理性は、その人物の歴史限界を超えたところまで拡張されている。しかし、それでも、その理性は人間に物理的に紐づけられ基礎づけられている。従って、外化されると言う表現が可能か否か、問題になる。

 となれば、問題は、世界、理性(≒ecstatic以前の信仰)、人間の関係構造である。信仰は人間の/世界の外へ向かうのか?ギリシャのロゴスの話とかになるのだろうか。専門家によれば、ティリッヒにおいては「理性」にも種類があるらしい。なるほど、そうなると、少し話が整理しやすくなる。ということで、跳躍、信仰、理性について、少しだけ学んだ。

 帰宅すると友人より『渡るエデンはエバばかり』という謎ゲーが届いていた。またやってみよう。午後、洗濯物を干してから大阪へ。先の訳書案の話も含めて打ち合わせついでの雑談と仕事終わりのネット仲間に会ってきた。喫茶店の閉館時間までいて、帰宅。久しぶりにアールグレイを飲んだが美味しい。ロンネフェルトぱねぇっす。

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