どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:かつ丼うまい、進路相談、宗教教育

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2月1日 月曜日 晴れ

 朝昼兼ねて、かつ丼を食べた。最近、近所にできた店にいったが、店側が慣れていないらしく、僕のあとに来た客たちは時間切れ。oh...。帰宅後、事務連絡など。ネットを見ていたら偽ドイツ語という面白い話。たしかにイメージとか語感が大事なわけである。

誤用戦士ガンダム・荒野を走るニセドイツの列! – Young Germany Japan

 夕方、親戚ちゃんより連絡があり進路相談。無事に修論試問を終えたようだ。今後どうするか、ということで、僕が以前関わっていた分野などについて聞きたいとのこと。割と大量に書き散らしてきたので、そのあたりを渡しておいた。ぜひ頑張って頂きたい。人は知ってか知らずか一瞬から数千年単位の歴史の中で、何かしらの役割を担うものである。僕自身も何を担ったものかと思うが、まず自分を担えるためにも体重を減らし持続可能な仕事を目指して、この一年は修論に取り組まねばならぬ…(白目)

 あと親戚ちゃんよりある名前が出てきて友達か?と聞かれた。誰のことか分からないので人違いではないかと思ったが、どうやら在米時にやっていたブログの読者だったらしい。名前を出してやってはいなかったが、まあ分かったのだろう。あと、一度学会の取材で名刺を交換したことがあったか。

 彼はアイビーリーグでPh.Dを取得し、現在は日本の某大准教授だそうだ。同年であるので、ある意味では僕が取りえた一つの未来だったかもしれない。もっともあちらは高身長イケメンの秀才であり、こちらは良くて原人、悪ければオークかゴブリンなので比較のしようもないのだが...。35歳問題(やれたかもしれない過去にあった可能性が今後の可能性を凌駕して凹むこと)である。

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 夜、英国における宗教教育の講義を聴く。おもしろい。前史としてイエズス会が中国宣教においてキリスト教なしに善や徳があることを見出し、それが後の啓蒙主義へと向かったというのは興味深い。もっとも、その啓蒙主義は20世紀に露と消えるのであるが。以下、レジュメより抜粋。

英国の宗教教育
 イギリス…国教制
イギリスは、宗教・民族を異にするイギリス人同士の相互理解を促進する「統合型」宗教の草分け。

「統合型」 

同じクラスの中に諸宗教、無宗教の生徒がいる(イギリスやドイツの一部州)

「分離型」 
宗教別に授業が行われる(トルコ、タイ、インドネシア、ドイツの多くの州)
 
公立校でも「宗教」の授業が中学まで必修:宗教の教科書 六つの宗教について学ぶ
・多文化共生→9.11→イギリス暴動(2011)→市民性教育へ
 (植民地・移民、ポストコロニアリズム)

 i.e. 多文化共生(解釈学的人類学)→市民性教育
 (コミュニタリアン的政治哲学、道徳学、宗教観)

 

1.多文化共生(解釈学的人類学)
2001年 イギリス
 人口の約72%がキリスト教徒、3%がイスラム教徒、1%がヒンドゥー教徒、0.6%がシーク教徒、0.5%がユダヤ教徒、0.3%が仏教徒  ※特徴は、旧植民地からの移民が多い


・イスラム教徒

 イスラム諸国からまんべんなく来ているのではなく、パキスタン、バングラディッシュ、インドなど、もと植民地から。移民は都市部に集中 人口の20%がイスラム教徒だという地域も

・キリスト教・・ 統計上7割 毎週日曜に行く人は、10人に1人程度

 

 ということは、熱心なキリスト教徒の家庭の子供達は、どうキリスト教に関わりながら暮らしているのかも、多くの生徒は知らない。多様な国民の共生を目指すために、その現在の宗教の姿から入るというスタイルが多い。日本の授業では、その宗教が創始されたはるか昔のことが中心になりがちなのと対照的。

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教科書『宗教を通して考える』(Thinking Through Religionの「キリスト教」の最初のページ)

・現在の、世界各地のイエス像

・メキシコ・・・黒髪
・中国洛陽・・・金色の十字架
・アメリカ・・・シャッターの上にグラフィティ的に描かれた黒人の姿

 

eg. 漠然とした「イスラム教徒一般」ではない「現実のイスラム理解」
 ある同学年のムスリムの子供にとって行動の模範となるのがムハンマドなら、自分にとってそれは誰なのかということを生徒各自に考えさせる(その対象は宗教者に限らなくてもよい eg.サッカー選手)、重要なのは、同じ年頃のイスラム教徒の価値観を理解することを通して、自分の生き方を導いているのは何なのかと、自己理解も深めること。

・信じる人と自分との間の往復運動により、自分とは違うよりどころを持つ人と、自分の間に共通性と違いの両方を見つけ出し、そこから自分の生き方についてじっくり考える機会を与えること


2. 911、ロンドン暴動以降

  →ポスト多文化主義、ポスト世俗主義


a.ポスト多文化主義的文脈
多文化共生教育→にも関わらず国内でテロや暴動
(移民二世がISISへ→2014年「英国の価値」を教育することに)
2011年キャメロン首相が多文化主義の失敗を公式に宣言
 半年後にロンドン暴動
eg.2011年後はロンドン暴動と社会統合を主題化した教科書が作成

 

b.ポスト世俗主義的文脈
 従来の世俗主義は通用しない→世俗的な立場以外を認める。
・宗教と世俗が共存(ハーバーマス)

・宗教は近代の諸原則を受け容れつつ、社会規範を示すべき(カサノヴァ)
→公共圏における宗教の役割を強調するものに変化

 

 互いの宗教文化を理解し認め合うだけでは社会の分断は修復されない。共通の問題を解決するために、社会に主体的に参加し、議論し、協力しあうような実践的教育が必要に。


eg.経済格差、生命・医療倫理、同性愛者や他のマイノリティの人権、動物の権利、環境保護などの問題について、各宗教がどのような見解(ただし、内部でも多様な見解)をもつのかを知り、生徒自身の意見と比較する。あるいは信者と無宗教者間の対話をロール・プレイ形式で行う(「探求の共同体」を形成する)

 

「公共の福利に役立つ」宗教の側面が強調される傾向
・異文化理解教育型では宗教者は「信仰を様々な象徴で表現する」人
・市民性教育型では宗教者は「聖典・教会等々の権威を根拠に、自ら適切な倫理的判断を下し、それを行為に移す」人