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どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:自分のかたち、動詞態、蒸気のようなもの

宗教・歴史

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12月4日 金曜日 曇りときどき晴れ

 昨晩、遅くまでやったので11時頃に起きた。午後一の授業は三週ぶりの古代思想について。楽しい。授業を受けながら、ふと自分のかたちが遅まきながら見えてきたんだなと思った。体型の問題でもあろうが、普通でないと扱われてきたが故に、僕は普通に憧れてきた。その「普通」というのはサザエさん的幻想でしかないことは、もはや自明なのだが、現実として、そういう心性を僕は抱えていた。そして、普通への憧憬とは、特別であることの自覚と表裏一体である。しかし、四捨五入40歳にして社会的入院を行ってみて、自分が凡人であること、もっといえば、そこらにいる残念なただの無害なおっさんであることを自覚する。門前の小僧のなんとやらであって、特別であったり才覚があるわけではないのだ。それでも、それなりには、たとえば古代の思想について聞いて楽しんで良いのである。

 授業後、ちょっと時間があったので、教授に質問した。いま僕が習っている火曜日の古代語と、今日の古代思想は親類語なのだが、動詞態の構造がどこまで近いのかについて聞いた。答えは非常にシンプルで、七つではなく六つだから、火曜の古代語よりはシンプルだとか。なるほど。しかし古代人のことばは凄くいい。旧約聖書の詩篇にそのまま入っていても違和感ないし、遜色ない。

 遅めの昼食は学内にて院生氏と。ジェノベーゼの鮭フェトチーネを食べた。うまい。夕方、研究室にてTAバイトの作業をこなした。帰宅後、休憩し夕食。玉ねぎと長ネギ、豆腐を煮込んでポン酢で食べた。夜、前にいったイベントの録音をこっそり聞いた。

 その後、友人と話した。文系廃止論の是非について少し話題になった。たしかに人間がことばによって構築する世界は、物理的世界の前にあまりにも弱い。しかし、ことばを操ることにおいて人間は、その意味世界を構築し繋いでいくのだ。断片的に途切れた、または千切れほつれたことばが歴史や人格の輪郭をつなぎ止めている。モノと金の前には、あまりにも無力であるが、しかし、その長く細い、そして実は広く深く高い人間の営みが、今日も蒸気のように生まれては消えている。そんな微かな、朝の吐息のような温もりに僕のことばもまたつながっている。

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