読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どっか暖かいとこで猫と静かに海みて暮らしたい

ネットの海の枯れ珊瑚がふく泡...('A`).。。... 書いてることは全部嘘です

にっき:短文書評、今晩は雪、Numinöse

1月13日 金曜日 晴れのち曇り

 予報では夜から雪。午前中、ビン缶のごみ出しだけして二度寝。寒い。ニュースを流しみながら明日からセンター試験だと知る。高校生・受験生諸君、大変である。最近やはり哲学の素養も必要だと思い、手始めに有名人のことばから知ろうとbotをフォローしている。哲学者というのは、おもしろいことを言うなぁ。昼食は、隣室D2先輩の土産の梅ひじきを玄米と刻みネギで食べた。美味しい。

 午後、原稿ひとつ終えた。700字書評の短文で、いかにして紹介本の価値と特徴を捉えて読者に推薦できるか問題。著作意図を適切に引用し、全体の構図を俯瞰し、同書の普遍的価値を評価することを個人的には大切にしているつもりだ。記名記事でないし、誰が読むのか知らないが、心ある読者へ著者の声が届くことを願う第一稿提出。

 蛇足ながら速度の話をすれば、今回は新書で読み親しんでいる作家の作品なので75分だった。普段は90~120分で書く。1分あたり9~5文字になる。時給換算にすると辛いからノーコメントでフィニッシュ。読む速度は人によると思うが、新書なら80ページ一時間くらい。専門書をこの速度で読むは不可能だと思うが、優秀な人になれば違うのかもしれない。

 その後、ブログを更新。5時半を過ぎるころにはすっかり暗くなり、寒くなった。洗濯物を干したかったが、今晩から雪らしいし、室内干しにしようか。

 夜、昔大好きだった超常現象関連の番組をyoutubeでひたすらダラダラとみた。楽しい。オカルト、UFO、超古代遺跡、全部怖くて楽しかった。宗教学的にいえば、まさしく、ルドルフ・オットーのいうヌミノーゼ(Numinöse)である。「聖なるもの」は戦慄的な神秘(Mysterium tremendum)であり魅力的な神秘(Mysterium fascinans)なのだ。僕の恐怖は森の暗がりではなく、日常に潜む日常を超えた何かに対してであった。恐ろしくも魅力に溢れた別世界がそこに潜んでいた。

 興味深いのは、25年近く界隈から離れているので、様々な新説や説明がなされていることである。これは!と思い、早速以下の本を一冊購入した。オカルト、UFO、超古代遺跡も様々なことがネットワーク化された社会の中で明るみに晒されていく。しかし、当時、それらに怯えつつ魅惑された人々の心がみた世界に嘘も本当もないのだ。

 自然科学的説明だけでは何をも説明しないのと全く同じである。刑事事件でさえ動機の解明がなされる。それは合理的説明を目指すからだ。合理的であるというのは、非合理なもの、不合理なものを、それ自身として扱う態度も含む。ゆえに文学的手法、歴史的解明、哲学的構造の理解が可能となる。

 超常現象を解明する学会とかがあれば入れてもらおうかしらと少し分を弁えぬ夢を思った夜だった。

  読みたかった本を少しずつ読了中。昨日読み終わったのは以下。オススメである。

消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影 (光文社新書)

消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影 (光文社新書)

 
聖なるもの (岩波文庫)

聖なるもの (岩波文庫)

 

f:id:timelost:20161124203609j:plain