4月25日 水曜日 晴れ
12時半前に起床。できれば3時くらいまで寝ていたかったが目が覚めてしまったのであきらめて学内へ。面倒きわまりないのだが、出さねば事務方がうるさい書類があり教授の印鑑が必要なので重い瞼と体を引きずった。珈琲を買ってから行こうとしたら、一年ぶりか、それ以上ぶりにヘブライ語仲間に会った。大変優秀な人で、ドイツ、フランス、イタリアに留学した人であり、オーストリアでは修道院に住んでいた。久しぶりなので食堂へ行き、そこで憐れみの特別聖年中なのにミサに遅刻して聖体拝領を断られて犬に噛まれた話など申し訳ないが笑ってしまう話を聞いた。
夕方6時過ぎ、帰宅後、くたくたながら、仕事の原稿をひとつ片づけた。
深夜、贔屓の喫茶店に取材が来たことがあったが、そこの客としてちょっとテレビに映っていたらしい。ネット仲間たちより「クソワロタ」とコメントを頂戴した。早くみたいがテレビがないので観れない。そんなこんなで、先日徹夜したこともあり眠くないので、久しぶりに吉屋信子『花物語』を読んだ。文学性を全体としては失ってしまった今の社会において、吉屋の筆致は上質な余韻を残す異世界物ともいえる。では文学性とは何か。それは奥行きある躊躇い、未然の奥ゆかしさであり、去りし日本近代夜明けの夢だった。卯月の未明である。
水深60mまで素潜りし10分以上も滞在できるパジャウの人々。脾臓が大きくなるDNA変異があり、遺伝的に水中での活動に適した体になっていることを初めて確認。すごい。/漂海民バジャウ、驚異の潜水能力を「進化」で獲得 https://t.co/kbyUhWa7Hp pic.twitter.com/A1EFGn867u
— 佐々木俊尚 (@sasakitoshinao) 2018年4月24日